19章 封印されていたのは
わたしは2階の自分の部屋にいた。何げなく窓から空を眺めていた。
気づくと玄関の所に鈴実のお父さん、お母さん。それに雪菜さんがいるのが目に映った。
「あれ?」
どうしたんだろ? それになんで鈴実だけいないのかな。雪菜さんが一緒なら鈴実も普通いるのに。
「お母さん、鈴実のお父さん達が家の前にいるよ?」
私は自分の部屋からリビングまで行って、多分お母さんも気づいているだろうと思って言ってみた。
「そうね。どうしたのかしら」
『ピーンポーン』
呼び鈴が鳴って、加奈と稚奈がでた。まぁ、だれなのかはわかるんだけど。
「はぁーい。あ、雪奈お姉ちゃんだ」
加奈が喜んでインターフォンを覗きこんで、稚奈が玄関を開けて喜んだ。
「それに鈴実お姉ちゃんのお父さんとお母さんだ」
「お邪魔します」
「ああ、どうぞ。何か用が?」
鈴実のお父さんは用事がない時はそんなに来ないから今日は何かあったのかな?
「いや、用があるわけではないのだが、しばらくここに居させてくれ」
珍しいなぁ。ただ居させてくれだなんて。
「鈴実はどうしたんですか?」
ちょっと遠いかも知れないけど、鈴実の家まではそんなに遠いわけじゃない。
家の鍵をなくしたとしても入れない事はないよね。鈴実が家にいるなら問題ないと思うんだけど。
「家に入るにはいれなくなってしまったの。それに外、寒いでしょう? 雪菜が風邪をひいてしまったの」
「ああ、そうなの。じゃあ私はお茶とお菓子を用意しますね」
お母さん、ねこかぶってる。別にかぶんなくても……でも、言ったら後が怖いからなぁ。
鈴実の事については、はぐらされちゃった。何かありそう。
でも外出禁止令がでてるし、夜だから尚更外に出させてくれないだろうけど。
だけど鈴実が気になる……となれば。いままでやった事はないけど、やってみよう。
「私、部屋に戻るね」
「だれだお前は。そして私は何だ」
「私は名もなき陰猫です。そしてあなたは私の主である妖狐、華科様。お忘れですか?」
「知らぬ。おまえの事など。私は妖狐と言う事はわかったが、この姿のわけは何だ」
うーん、なんか猫と人が話してる風景をみてるのってねえ……存在忘れられてるわ。
まぁ何かされるわけじゃなさそうだからいいんだけどね。下手に動くとどうなるのかわからない。
あの人から何か威圧的な感じがでてるし。
「完全には思い出されてはおられないのですね。この姿を見れば思い出してもらえますか?」
えっ。眞流菜って猫じゃないの!? 眞流菜は何か呟いた。
すると猫の眞流菜は消え、代わりに女の人が現れた。
「まだ、思い出してもらえませんか?」
「思い出せない……妙だ、これは一体どういう事だ?」
「……知識も記憶も失ってしまったようですね。いいでしょう、これからは私が」
「はぐらかすな。お前の事は思い出せぬが、お前に対して非友好的な気があるぞ、私には」
「困りましたね。ではあの子はどうでしょう?」
気づかれた。眞流菜はどうって事ないとして、問題はもう1人。
あの“かしな”って言うのは封印されるくらいなんだから相当なもの。
お父さんが手に負えないって言うんだから私が魔法や剣を使っても勝てる見込みはなさそう。
魔法も剣もあることはあるけどね、一応。
それにしても……相変わらず猫の鳴き声がうるさいのよ。煩わしいったらありゃしない!
「まったくダメだ。だが殺したい……何故かわからないが、そんな気分だ」
笑みを浮かべたかと思うと女の人が腕を振るった瞬間。あたしはすさまじい風圧に後方へ吹き飛ばされた。
成る程ね。お姉ちゃん達が吹っ飛ばされたのは、この風。よく耐えたもんだわ、あたしも。
それとも手加減してるのかしら。妖弧の力がこんなものだとは到底思えない。
『タンッ』
地面を右に蹴って左へ飛ぶ。今度は簡単に避けれた。これならある程度は避けれる。
今度は横。多分首に風が当たれば、へし折れてもおかしくないかも。でも当たらなければ意味はない。
だけど、攻撃の仕方が安易すぎる。こんな程度のものなら、封印されるほどじゃない。おかしい。
「甘い」
「まさか……後!?」
風は軌道が読みにくい。耳の神経に集中しながら風が来るのを待つ。
あの華科とか言う妖弧はただ静かに笑っているだけで動こうとはしない。
『バシッ!』
ぎりぎりの所で裂けた。風で切れた数本の髪がはらりと宙を舞って地に落ちた。
最初の風と比べ物にならないくらい風の切れ味は鋭い。
「窓を開けて、また閉めて。屋根から飛び降りる……うん、大丈夫!」
飛び降りる時は加護の魔法で衝撃をやわらげれば音も立たないよね。
私の部屋の下は加奈と稚奈の部屋だから、カーテンは閉まってる。
ラゴスとかを呼び出す召喚石をもしもの時のために持って窓の外にでて窓を閉めた。
「雲よ、我に加護を!」
呪文を唱えて屋根から飛び降りるとスローモーションみたいにゆっくり落ちて行く。
「とりあえず……」
鈴実はどこにいるのかな。まずは、鈴実の家に向かって走って行こう。
うーん、でも鈴実のお父さんには気づかれてるかも。敏感っていうか勘が鋭いからなぁ。地獄耳みたいに。
でも無茶はしない人だから、多分私の家から出てこない、と思う。見つかったらやばいけど。
お小遣いなくなるだけじゃ済まないよ、さすがに。どうか気づかないでね。お母さん、鈴実のお父さん。
そして家を抜け出した事を誰にも気づかれる事なく、私は鈴実の家まで走っていた。
『タタタッ……ドン!』
何か、一瞬光った。そう思った矢先に、ぶつかった。
手が前に出てたから鼻はぶつけないで済んだ。
「あいたぁっ」
鈴実の家まであと10メートルってとこで何かに跳ね返された。
何かある? けど目の前には何も……そーっと手を前にのばすと、感触があった。
手のひらで、また感触のあった所をまた確認した。
『ペタペタ』
うそー!? 本当に何かある! 何もないはずなのに。何にも目の前にもないよ?
「もう1回!」
また走って突進してみたけど、跳ね返された。もー、今急いでるのに!
『ドンドン!』
見えない壁を叩いても、どうにもならないのはわかってるけど……
さっきから鈴実が危ない気がする。心の中がざわついてる。こういうことは外れにくいんだよ?
鈴実の家は特殊だから……常人には無い力、それはどんなものであれリスクを伴う。
今の鈴実は初めて会った時よりずっと良くなったらしいけど、それでも。
あっちから力に惹かれてやってくるくるんだ、って。鈴実には有り得ないことじゃない。
「鈴実っ!」
目を細くして障壁の向こうを見ると鈴実がいた。でも何かによってに押し飛ばされてる。
危ない! あーっ、もう見えない位置にまで飛ばされちゃった!
よくわかんないけど上級のタチの悪い悪霊とかかな。鈴実が押されるなんて。
「なにか……なにか、手助け……」
私が行っても足手まといかもしれないけど。できることなら手助けしたい。
いつも鈴実には迷惑かけてばっかだし……何か出来ることはないの?
「そうだ、魔法があった! 風よ集約されよエアーカッター!」
最近忘れかけてたけど、私には魔法があったんだ!
魔法はちゃんと発動した。したけど、見えない壁に、魔法が吸い込まれた?
どうしよう、魔法が効かないなんて。
そうだ! ラゴスなら何とかなるかも!
どれくらいすごいのかわからないけど、あの翼での攻撃なら壊せれるかも!
神だし、あの時は手加減しないとか言ってたけどほんとは力抜いててくれたんだと思う。
恐竜に物理で私が勝てる確率なんて絶対ないし。
「恐竜神召喚!」
召喚の呪文とか言ってなかったから、呼べば来るハズ。そう言えば、どうやって来るんだろ?
この石の中からかな? うーん、でも無理そうだよね。
そう思ってたら、ラゴスは頭上にいた。いつの間に?
『この気配、普通の者ではない。そして障壁。これは魔力吸引か……』
なんか1人でぶつぶつ言ってるけど、鈴実が危ないんだってば!
「ねえ! 目の前の見えない壁を壊して! 鈴実が危ないの!」
『承知』
ラゴスは鋭い翼で見えない壁に突っ込んだ。
すると空中にヒビがはいって、隙間ができた。今のうち!
『乗れ。走るより飛ぶほうが早い』
やっぱりラゴス、あの時手加減してくれてたんだ。
でも、手加減してたのに私が主でいて良いのかな。
「ありがとう」
『これしきのこと造作はない』
それでも、頼るけど。
ラゴスの背中に乗って、空から鈴実を探すとすぐ見つかった。
女の人に首をしめられてる!
「鈴実──っ!」
間に合わなかった? それとも間に合った?
まさか、あたしが壁に手をつくなんてね。風を間一髪で避けてるだけでも体が限界に近づいている。
それでもこの目の前の妖弧、実力の10分の1も出してないでしょうね。
なぶり殺しにでもする気? じわじわと痛めつけるなんて、性格悪いわ。
……やばいわね、本当に。でも、この華科をここまま野放しにはできない。
「小娘、終りだ」
再び襲ってくる風の刃。避けてるとはいえまわりの風圧に押し潰れるかと言うほどだった。
体力も底をつきそうだわ。あまり動けない。
腕を振るうだけでも風圧が生まれるくらいだから、首をへし折る事なんて造作はないわよね。
でも、どうももうすぐ死ぬって感じがしっくりしないのよね。悪あがきかしら。
「お前にはじっくりと痛みを味あわせてやりたい」
喉に手がかけられる、その瞬間も瞼をおろすことはせずに。
「鈴実―――!」
えっ、清海の声。しかも、上から? どういうこと……?
『グォォォォォォ!』
恐竜? あれって確かこの前のラゴスじゃない。清海が契約したって言ってたけど。
その背中に乗っていたのは、やっぱり清海。
華科も驚いて首から手を離した。ちょっと、放心してる。
「鈴実ぃ!」
ラゴスの背中に乗ってる清海から手が差しのばされた。あたしは清海の手をとって、すぐ上昇。
間一髪で死から逃れられた。あたしがラゴスの背中の上に乗った所で華科は我にかえった。
「しまった!」
「まさか我らの神が現れるとは……計算外でした。でも、逃がしはしません」
眞流菜が襲いかかろうとしてるけど、無理よね。だってもう20メートルも地面から離れているし。
と、思っていたらおもいっきり人じゃ無理な高さまで飛んで、そのうえ爪が伸びた!?
普通爪はのびないわよっ。どこまでも上昇していっても爪が伸び続けてくる。……きりがない!
「させるか」
人が、空中で眞流菜を蹴り飛ばした。これも普通ならありえない高さから落下していた眞流菜を。
ひょっとしてあの黒猫が人になった奴? この展開から考えるとそうも考えられない事もないけど。
眞流菜が人の姿になったんだから有り得ないこともない。
とりあえず、あたし達が地面に引きずり降ろされる事はなかった。
「助かったわ。ありがとね、清海」
「ねえ、なんでこんな状況になってるの? 何があったの。訊いてもはぐらかされたんだけど」
「……お父さん達、清海の家に邪魔してるのね。どうして戻ってこないかと思ったら!」
あの頑固親父、抜け目ないわね。自分の娘置いて避難するな! 戻ってきなさいよ、情けない!
「だから、何でこんな風になってるの? 周辺にも被害出てるよ?」
もー、鈴実もはぐらかすのが上手いんだから。
しかも、まわりの家の壁とか壊れてるし。派手にやってたみたいだけど、やりすぎだって。
よく野次馬がわかないなあ。あ、見えない壁があるんだっけ?
「あら……気づかなかったわ。あたしの家に封印されてたのが出て来たのよ……そうだわ!」
鈴実はジャケットに入れていた笛を取り出した。吹くのかな? でも、吹いて何か変わるの?
「ねえ、清海。ちょっとこの笛持ってみて」
鈴実に笛を渡されて、私は受け取った。……え? ネコが空中にいる!?
っていうか女の人2人の周辺を囲んでるんだけど! 私は口をパクパクした。
「猫が見えるよ? でも、さっきまでいなかったよね」
この笛を持つと幽霊がみえるのかな? 鈴実はなにかわかった様な顔をしてるけど。
笛を吹いたら、何か変わるかも知れないと思ってこの笛を取り出した時に猫が見えた。
幽霊とは違うのかもしれない、だけど生きてるわけでもないわね。
清海も笛を持つと見えることがわかった。返してもらい、笛があたしの手に触れた瞬間また猫が見えた。
いままでは魔法を使おうとしてみても、何故かできなかったけど。この装置が使えるかも知れない。
「あ、その装置って霊を武器化させるっていう」
「使えるかも知れないわ。それと、それなに? いつの間に剣なんて手に入れたのよ」
清海は右手に剣を持っていた。どこから出したのかしら。さっきは持ってなかったわよ。
それにしても……豪華。大部分が透明で、もつ部分は金属。銀?
「あ、ホントだ。さっきまでなかったのに……あれれ? そーいえば、この雷光一閃」
清海は呟きもまばらに、大きく首を傾げた。何か思うところがありそうね。
「ま、そんな事より。いままでやられた分をお返ししてやるわ!」
華科はあたし1人じゃ無理でも清海とラゴスもいるんだから何とかできるかもしれない。
少なくとも勇気づけられるし責任感も増す。けど、何か……忘れているような。
何だったかしら? あ、思い出した。あたしの側にも妖弧がいたわ。自分の名前を覚えていないっていう。
目には目を、妖弧には妖弧を。同じ妖弧なんだから、五分五分にはやれるはず。
まあ、妖弧にも力の上下差がなければの事だけど。
「地面に降りるわよ! あたし達は空から攻撃はできないから」
ラゴスが攻撃できても私達はできないから地面に降りて戦うしかない。それにこれじゃ不安定だし。
さっきからは笛を持った時のみ見える猫が眞流菜と華科の攻撃を封じてくれてる。
華科と眞流菜は、離れ離れに猫に囲まれていて、頭だけ見える。
2人はだいたいざっと200メートルくらい離れてる。いつの間にか住宅街から公園まで移動していたみたいね。
「何故だっ! 邪魔をするなっ、猫ども!」
『ニャー!』
ううわ。すっごい轟音。一体、何百匹いるのよ。囲まれてる本人達としては鳴き声1つでも相当堪えるわ。
「くっ……こやつらの命を奪ったことが仇となるとは」
眞流菜と華科が身動きがとれないうちに、あたしはラゴスの背から降りた。
装置を利き腕に持って、猫に話しかける。猫の言葉はあたしにはわからないけど。
「さてと。猫ちゃん達、手伝ってもらうわ」
『ニャッ!』
うわ……耳がビリビリする。耳を押さえていた手をどけ閉じていた目をあける。
視界に飛び込んできたのは大剣。握ると、見た目の割には重さがまったく感じられない。
あたしは大剣を振った。長すぎる気もするけど……問題ないわ。
うん、これで反撃が出来る。それに、以前と同じように体が軽い。
「行くわよ、清海!」
「うん! すっごい、ホントに剣になったね!」
それと、妖弧も呼ぶわよ。あんまり呼ぶのはどうかと思うけど、この際良いわ。やられたら、5倍返しよ。
「妖弧!」
妖弧はすぐ現れた。でも、なんか戸惑ってるわね。いままでそんな顔、みた事ないわよ?
そんな顔になるなんて事、あるとも思ってなかったけど。
『なぜ二大神の一神と華科が……』
そういえば眞流菜もそんな事言ってたわね。我らの神とか。
清海とラゴスは眞流菜のほうに行った。
あら? さっき眞流菜を蹴飛ばしたあいつがいない。どこに行っちゃったのかしら。
「妖弧、華科! 封印させてもらうわよ!」
って、華科の様子が変。頭を抱えてる。何か思い出してるっぽい?
「ちょっと?」
目の前で手を思いっきり振ってみる。反応なし。深く考え込んでるまま。
これだと首筋に剣があっても気づかなさそうだわ。
無防備すぎるわよ、あんた。これがちょっと前まで私を殺す気満々だった奴の行動?
「うっ。わからない……思い出せそうなのに。懐かしいのは何故……?」
悩んでるわね、見た目どおり。この姿をみてると攻撃する気がうせる。封印するには絶好の機会だけど。
けどこのまま悩んでて、わからないまま封印されるのって嫌よね。我ながら甘いわ。
とりあえず、今は戦意はないみたいだから様子を見るかな。封印の準備はしておくけど。
お札を構えたところで長い尻尾があたしの前でゆらめいた。
「……妖狐?」
『待った。待ってくれ、私に任せて欲しい』
「いけない、すべて思い出してしまう!」
「待ったぁ、スト──ップ!」
この人が元凶だよね。鈴実はあっちの人の相手をしてるんだから、私はこの人の足止めをする!
「清海ね。私急いでるの、邪魔するなら殺すわよ!」
そう言って襲い掛かると同時に爪が伸びてきた!
一体どうなってるの? 疑問は尽きないけど……今は焦ってる場合じゃない!
『ヒュッ』
爪を切り落として私は後ろに飛びのいた。爪が1本残っていて、私の首にかすった。
危ない、危ない。
最後の一本をすぐ切り落とす。また爪が伸びてくる前に詰め寄って、のどに剣先をつける。
こうしとけば動けないよね。でも、こうしてると私が悪者みたいだなぁ。
「動かないでね」
そう言ってもこの人は余裕の表情で、言い返した。
「私を斬る? 清海には無理ね。殺した事なんてないでしょ……躊躇うこと、それが命取りなのよ!」
うっ、また爪が伸びてきた。今度はさっきより近づいていたから避けれない!
左腕にすべての爪が刺さった。声にならないくらい痛い。服に血が染み込んでいってる。
「っ……」
まだラゴスは魔法を吸収するっていう壁を崩せないの?
ラゴスは魔法は魔力吸収っていう壁に囲まれているから攻撃ができないって。
それまで私と鈴実が時間を稼がないといけないのに!
爪が引き抜かれて、今度は私が喉に爪を突きつけられた。
「形勢逆転よ。バイバイ」
やられる! 私は目を閉じた。まだ13なのに!
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